じーざす・とれいる㉜

今年の聖家族の祝日にはルカ2章41〜52が読まれました。

12歳になった少年イエスを見失い、養父ヨセフとともに三日間捜し回った母マリアはやっと見つけた息子に言います。
「なぜこんなことをしてくれたのです。ご覧なさい。お父さんもわたしも心配して捜していたのです。」すると、イエスは言われます。
「どうしてわたしを捜したのですか。わたしが自分の父の家にいるのは当たり前だと知らなかったのですか。」


何でも理解し合って、お互いに心配をかけることもなく、ひたすら平和で問題もおこらない・・・・聖家族の絆はそんな次元ではないのですね。


母の「なぜ?」に「どうして?知らなかったの?」と疑問文でこたえる息子(笑) そして両親にとってその答えは意味不明(^^;


何でも解明して、何でも把握しょうとするのは傲慢さと言えるかもしれません。
神秘を神秘として、そのままに尊重して心に納める姿勢を聖家族に学びたいと感じました。