天使たち Ⅴ


「そろそろバーベキュー大会を」とメールが来た。以前にわが家で行ったことを喜んでいただけたようで、リクエストというわけだ。
でも・・・ホストがひとりでは準備と接待と片付けが、正直たいへんだ^^;
それにこの草。ここまで伸びたら、草刈り機をかける前に手で刈らなくてはならない。
どうしてくれよう・・・??と、腕組みをしてため息をついたその時である。


横にいたラッキーが突然草を食べ出したのだ! 以前、ブログに書いたように、ラッキーはわたしが草を抜きはじめると手伝うかのように横で草を食べ出す。
いや、「手伝うかのように」ではなく、まさに「手伝っている」のだ。
なぜならふだんは全く草を食べないし、胃腸の調子も良さそうで、わたしが草抜きをしている間だけ傍で食べ続けるからだ。


それが今日は、わたしが心の中でぼやいた途端、一心不乱で食べ出したのだ。
「ラッキー、ありがとう。助かるけど、この量じゃわたしたちではムリだからいいよ。もういいよ」と止めてもまだ続けるラッキー。
そこでわたしはハッとした。
ふだん神さまや天使たちはわたしたちの行動をご覧になっていると感じがちだった。でもそうではなく、わたしたちの心の奥までお見通しでいらっしゃるのだ。
しかも、わたし自身が自分で触れることもできないくらいの内奥まで自在に入り込むことがおできになるのが神さま。
だから、何か課題が与えられた時や戸惑いを感じた時、ブツブツつぶやいたりごまかしたり低い意向で片付けたりしようとすることもすべてご存知である。


伸びた草の中に立っているうちに、ラッキーの中にもこの風の中にも、「こまったちゃん」と感じる人の中にもおられる神さまが、わたしの心を、わたし以上によくご覧になっておられるという現実に目覚めてきた。
その神さまをお喜ばせするためには一瞬の時差もない方が望ましいに違いないが、愚かなわたしは大切な時間をぼやいたり嘆いたりすることで使ってしまう。そういうことで清さはどんどん失われていくのに。
そう、霊的生活は瞬発力が大切なのだ! 突然草を食べ出したラッキーのように、理屈をこねることなくみ旨を生きていきたい。
思いと行いをすばやく神さまの前に差し出したいと思った。