ゆるし
いよいよ待降節が始まる。
この世に“平和の君”(神の御子イエス・キリスト)をお迎えするための準備の期間だ。
ある日、タロウさんとハナコさんは心に深い打撃を負った。
「ほんとうの原因ははっきりしない」とふたりは言うが、
この社会の価値観でみると、ハナコさんはタロウさんを訴えることもできた。
でも、ハナコさんはそうしなかったようだ。
ベトレヘムにお生まれになるイエスさまを“救い主”と信じるハナコさんにとって、
深い傷から解放されるのは“イエスさまが自分をゆるしてくださったように相手をゆるす”以外に
道はないと知っていた。とはいえ、ハナコさんも人間だ。
悲しい思いをさせられた相手を自力でゆるすことはできない。
では、なぜハナコさんはタロウさんをゆるすことができたのだろうか。
彼女は微笑んだ。「わたしにはできない。でも、わたしの中のイエスさまがしてくださるなら・・・」
「神さまはいない」と思っているタロウさんはまだ苦しんでいるらしい。
ハナコさんを苦しめた自分を直視できないそうだ。
救い主を知らずに自分を直視すると絶望に陥るから、ハナコさんはタロウさんが救い主イエスさまに
出会ってほしいと祈っているらしい。 無神論者のタロウさんがその思いを知ったらイヤがるかもしれないが・・・
“ゆるしの真髄は、その出来事を忘れること”
ハナコさんの記憶からは傷や痛みがほとんど消えているのではないか。いや、完全に消えることを願う。
ハナコさんの心が柔らかく真っ白な産着のようになって、お生まれになる幼子イエスさまを包みますように。