今年の抱負


以前、年始のミサで神父さまがこう言われた。
「“今年の目標”なんて立てたって、どうせあなたたちは守れないのだから(笑)」


それ以来、自分の中で“今年の心がけ”として、テーマを決めることにしている。
一昨年は「すべてを神の御手から受ける」とした。これは一年間、ほぼ毎日のようにわたしの心に釘を刺してくれた。
振り払おうとする傾き、否定したり非難したりする傾きに陥りそうな出来事の、その奥に
“まったき善”であられる方の呼吸を信じるためのエクセサイズになった。


この度の大みそか、寒風の中で網戸を洗っていた時、新年の抱負が心に浮かんで「これだ!これにしよう!」と決めたのだが、
なんと1/1の0時のミサで思い出せなかった(笑)。はて・・・?「神さま、なんでしたっけ?」と問うていると

  「愛されるにまかせなさい」


ということばが心に響いた。これはアビラの聖テレサか十字架の聖ヨハネのことばだったように思う。
何年も頭をかすめることのなかったこのことばが、まるで大きなシンフォニーのように荘厳に響いた。


とても深い意味を持つこのことばに、しばし身を浸してみた。
「神の愛」=「お大切」  でもこれは、わたしたちの小さな頭や心で感じる「大切」を超えている。
自分に心地よいことやうれしいこと、楽しいことだけではない。「神の愛」はわたしたちを危機から救う苦い薬や痛い注射であることも。
つまり、一昨年の「すべてを神の御手から受ける」という抱負と似たことなのかもしれない。